……暇すぎて死にそう。

あたしのぼやきは風に乗って辺りにとけた。

「なんだよ、「さっきはのんびりして良いわよね」なんて言ってたくせに」
という突っ込みは隣を歩く相棒のもの。

天気は上々気候も良し、懐具合もそこそこでご飯はさっき食べたばっか。

取り立てて急ぐ旅でもなしと、あっちこっちに立ち寄っては
興味のあるもの美味しいものを、求めて歩く二人旅なわけで。

ついでに言うと、最近まともな依頼を受けてない。
よーするに生活に刺激が足りないのだ。

あーあ、どっかにからかい甲斐のある盗賊でも落っこちてないかしら。

街道の脇に目を向けるも、だだっ広い草原が広がるばかりで
襲撃には全く向かない地形すぎて期待薄。

それ以前にあたし達の前にも後ろにも人影どころか猫の子一匹いやしない。

次の街までは距離があるし、露店の類も当然なし。



うあ、これって外ってだけで実質水入らずの二人っきりってことにならないかしら。

……どーりでガウリイの機嫌が良いわけだ。

さっきから妙に足取りは軽いし時折鼻歌まで飛び出す始末。
長い髪の先がぴょっこぴょっこ揺れてて、なんかわんこの尻尾みたい。

あ。

手を取られて、つい、立ち止まってしまった。

や、なんか、照れるな・・・うん、照れる。

ガウリイは何にも言わずにきゅっと手を握ってきて、
あたしはなんとなくリアクションに困って俯いてしまって。

いつものように髪を撫でてもらうまでの間。
なんともいえない、言葉にするならほんのり甘い空気を味わったのである。













手を繋いで歩く。

ささやかな喜びと、浮き足立ってしまうような高揚感。

一本ずつ指を絡めた、ちょっとゆるめに繋がるあたしとあいつ。

どうしてこうなったのか、きっかけを考えてみても思い出せない。
だけど理由がないからって手放したいとは思わない。

ふと傍らを仰ぎ見れば機嫌良さげな横顔が見えて、
それだけで心がふんわりあったかくなる。

大きな手もあたしの手なんて軽々と包み込んでしまえるんだけど、
彼自身があたしの存在をなにもかも全部ひっくるめて
包んで飲み込んでしまえるほど大きい。

器が大きいっていうのは、ガウリイを指す言葉だと思う。

普段のボケっぷりはどうでも、ここ一番の場面では判断を誤らない人だ。
情に流されず、さりとて情を忘れたりしない。まっすぐな、一本芯のある人だと思う。

寄りかかったら、どうするかな?

手だけじゃなくて、身体全部で甘えてみたら彼はどう反応する?

突如湧いた好奇心はむずむずとあたしの胸を騒がせた。

ガウリイは……あいかわらずのんびりと前を見てる。



思い立ったら即、実験。
したいところだったけど、それにはショルダーガードが邪魔だった。

決行するなら、宿かどっかに着いてから、かしら。

しかしそうなると脈絡もなくしなだれかかっていく事になりはしないかしら。

だいたい、わざわざ宿に入ってから手を繋ぎなおすのも恥ずかしいし、
第一、人目のある場所でやったらまるっきり馬鹿っぷるみたいだし。

あたしか、ガウリイの部屋でする? 

まてまて、さすがにそれは危険すぎるような。



アラート。

警報が鳴り響く。



一足飛びに飛躍しすぎるのはいただけない。

関係を深めるにしても、一つ一つの段階をじっくり楽しんでから
じゃなきゃもったいないもの。

それにそういうことはあちらからアプローチがあってしかるべきだと思うし。

いやまて、最近は女の方がリードするのもありって聞くし、
この際度胸を決めてやっちゃう?

でも万が一、そんなことをして引かれたら……ぜったい、立ち直れないや。



「リナ」

ぽすっ。と、肩に当たった軽い衝撃。

腰に回る温かな腕と、添えられる大きな手があたしをそっと引き寄せていた。

「歩きながら考え事してると危ないぞ?」

……あれ?手、繋いでなかった?

「ああ、疲れたのかと思って外したんだ」

あたしの疑問を汲み取ってか、ガウリイが笑って教えてくれる。

「ねぇ、ちょっとだけ寄りかかっててもいい?」

既に引き寄せられてはいるけれど、もうちょい近くに行きたくて言ってみた。

「よろこんで」
了承を得て肩を預けると、そのまま強く抱き寄せられる。

ぐるりと回る視界と、目の前に広がるブレスト・プレートの青い色。

「これじゃあ痛いか」

苦笑交じりの呟きと共に生じた浮遊感は、ガウリイに抱き上げられたからだ。

片腕でそれをやってのけるのはさすがだけど、
あの、これは流石に恥ずかしいんですけど……

ガウリイの腕に腰をかける感じで抱えられては、
肩を掴むか首に腕を回すかしないと不安定で。

「眠いんならちょっと休め。街が見えたら起こすから」

優しく言われて背中をトントンあやされる。

頭をショルダーガードにもたせかければ額に触れるガウリイの髪。

くすぐったくって、安心する。
ここは安全なんだと本能でわかってる。

「じゃあ、ちょっとだけ……」

くたっと力を抜けば、よいしょと抱え直されていいポジションで固定された。

ああ、ほんとだ。妙に眠いわ……














オレの腕の中でリナは拍子抜けするほどあっさりと眠ってしまった。

くぅくぅとかすかな寝息を立てて、時折むずかる様子も愛らしい。

まったく、悩むより実行するのがお前さんだろうに。
ぷに。と頬を突っつけば、幸せそうに口元が緩む。

リナがこんなに可愛いなんて、世間の奴らは知らんのだろうな。

頬が緩みまくってるのを自覚しながら辺りを見回し、
休憩するのにちょうどいい木陰を見つけた。

オレももうちょい、おまえさんに近づきたいんだぞ。

迎撃準備はいつでもできているが、先制攻撃を仕掛けるには
ちっとばかり度胸が足りなかっただけで。

ガキみたいにがっついてお前さんに嫌われたくはないからなぁ。

日々密かに育んでいる強欲を知らせずリナを囲い込もうと、
我ながら強烈過ぎると自覚する独占欲を内に抱えながら
毎日くらげを装ってはきたが、そろそろ腹を決める頃合か。

心から大切だと思える人を得られた幸運に感謝しつつ、
柔らかな土の上に腰を下ろした。

起きたら怒られるんだろうな。今夜も野宿になるとかなんとか。

それすら楽しみに思えてしまうのは我ながらどうかと思うが、
くるくる変わるリナの表情が可愛すぎるから仕方がない。

目覚める気配のないのをいいことに、存分にリナの寝顔を堪能しながら、
これからの予定をのんびりと考えてみる。

どうせ一筋縄じゃあいかんだろうが、それはそれで楽しいだろう。



空を見上げればこの上ない上々の天気。

まるでオレ達の行く末を暗示するようじゃねーか。

「幸せだよなー」

力の抜けた手をとって、グローブ越しの手の甲にキスをして。

彼女の目覚めを楽しみに、穏やかな時間に身を委ね。

やがて訪れる決戦の時を恐れながらも待ちわびている。